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鉄道会社の「STOP自殺ポスター」は撤去するべきではない

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出典:イラストAC

愛知県と岐阜県の鉄道会社が駅に掲示した自殺防止ポスターにクレームが入った事で、撤去する動きが出ている。

ポスターを制作を呼びかけたのは名鉄(名古屋鉄道)であり、JR東海、近鉄、名古屋市営地下鉄も賛同したため、2016年10月、約850枚が441駅に掲示された。(参照:朝日新聞

問題になったのは、ポスターの「鉄道での自殺は、大切な命が失われるだけでなく、鉄道を利用する多くのひとの安全や暮らしに関わってきます」との文言である。

この文言が有識者によると、よろしくないとの事だ。また実際に客からも苦情が入り、撤去の動きが出ている。

しかし、私は主張したい。

自殺防止のメッセージは遺族や当人だけでなく、周りの大勢の人々にこそ届けるべきだ。だからポスターは撤去するべきではない。


自殺防止の文言はどうしたって遺族を追い込む

問題になってポスターの文言は、正確にはこうである。

STOP自殺

みんなで守ろう!大切な「いのち」

鉄道での自殺は、大切な命が失われるだけでなく、

鉄道を利用する多くのひとの安全や暮らしに関わってきます。

もし悩んでいるひとを見かけたら、勇気を持って声かけを。

そして、相談窓口の電話番号が記載されている。

これについて、7月13日、遺族の自助グループである「リメンバー名古屋自死遺族の会」の代表幹事花井幸二さんが「身近な自死を防げず、自責の念に駆られている遺族をさらに追い込む」と指摘した。さらに効果についても「『世間に迷惑をかけるからやめよう』と当事者が考えるだろうか」と疑問を呈した、との事だ。

まず思ったのは、「どんな自殺防止の文言であっても、遺族を追い込む事になる」という事だ。

電車への飛び込み自殺をした場合、電車が緊急停止し、ダイヤが大幅に乱れる。そのため、振替輸送や切符の払い戻しなどの損害が発生する。また、それに対応するための人件費、車体が痛んだ場合は修理費もかさむ。そのため、数千万円に及ぶ賠償金が遺族に請求される可能性がある。

実際に家族が電車への飛び込み自殺をしたため、賠償金に苦しんでいる遺族にとって、「鉄道を利用する多くのひとの安全や暮らしに関わってきます」との文言は見たいものでは無いだろう。

しかし、遺族が一番苦しんでいるのは賠償金では無い。愛する家族の自殺を防げなかった事そのものだ。「何を知った風な口きいてんねん」と思う人もいるかもしれない。ただ、詳しくは書けないが、私も大切な先輩が自殺をなされたという経験がある。

大切な人を自殺で失った周囲の人々にとって、自殺防止の文言はどんな内容であっても自分を責められているようで、傷つく。

全く遺族を追い込まない自殺防止の文言なんて存在しない。しかし、一番大切なのは自殺という不幸を減らしていく事だ。だから、遺族を追い込むという理由で自殺防止の啓蒙を止めてしまうのは違うと思う。

当人がどう受け止めるかなんてわからない

また、電車への飛び込み自殺により鉄道会社に迷惑を掛ける事を周知したとしても「『世間に迷惑をかけるからやめよう』と当事者が考えるだろうか」と、効果が無いとの疑問が出された。私はこれは合ってもいるし、間違ってもいると思う。

はっきり言えるのは、自殺を決意する人の心境を推し量ろうというのは傲慢だという事だ。
私も先輩が亡くなられる前、何度か声を掛けた事がある。もっと真剣に、食事に連れて行ったり、親身になって話を聴いていた人もいる。だが、死を決意するまでに追い込まれていた先輩の本音は、最後まで誰にもわからなかった。

電車への飛び込み自殺を考えている人には、自分の命を含めて何もかもどうでも良いと思っている人がいるかもしれない。その人に残された人の迷惑を説いても仕方ないのかもしれない。

でも、そうじゃ無い人もいるかもしれない。「残された家族にそんな迷惑が掛かるなら」と自殺を思い留まる人もいるかもしれない。もし、そういう人が1人でもいるならば、私は自殺防止ポスターを掲載した価値があると思う。

大事なのは、今後、不幸な自殺を1人でも減らす事だ。

全ての当事者に効果がある自殺防止の文言なんて存在しない。だったら、少しでも効果がありそうならばやってみるべきだと思う。

今回の自殺防止のポスターで思い出したのは、1996年の公共広告機構(現在のACジャパン)のCM「いじめ、カッコ悪い」である。今でこそネタキャラになってしまったが、当時はJリーグのスターだった前園真聖が、

別に型にはまることないし、カッコつけたっていいと思う。俺もそうだった。

でも俺いじめなんてしたことなかったよな。だって恥ずかしいだろ。誰か泣かしたり。

いじめは最低だよ。カッコ悪いよ。

と訴えるCMである。

当時は、「いじめはカッコ良い悪いの問題じゃ無い」「カッコ良い奴のいじめはOKなのか」と批判の声が多かったのを覚えている。

私も当時、高校生で、どちらかというといじめられる側の人間だったので、「なんか違うんじゃ」と思っていた。しかし、今になって思えば、どんな理由であってもこのCMでいじめが少しでも減ったのならば、救われた人がいて良かったのだろう。

自殺防止の言葉は当事者だけじゃ無く、周りの大勢の人々に

という訳で、私は今回の「STOP自殺」のポスターは、遺族にとって厳しい言葉であっても、効果が無い当事者がいたとしても、少しでも自殺を思い留まる人がいるならば撤去するべきで無いと考えている。

何より、この自殺防止ポスターを見る人は当事者だけでは無い。当事者の友人、学校・職場の知り合い、多くの周囲の人々に届く事で自殺の可能性が減るかもしれない。

実際、名鉄の広報部は「多くの人が見守り、声をかけてほしい、という思いで作った。直接苦情は受けておらず、撤去は考えていない」と話している。

この自殺防止ポスターを見る事で、駅のホームで怪しい行動をしている人に注意を向ける人が増えるだろう。そうする事で、電車への飛び込み自殺を図ろうとした時、事前に止める事ができるかもしれない。

また「俺、電車に飛び込み自殺しようと思ってる」と話された時に、もっと真剣に相談に乗って上げられるかもしれない。

そういうわずかな可能性を積み上げる事で、少しずつ自殺を減らしていく事ができるのでは無いだろうか。

なお、日本自殺予防学会の斎藤友紀雄理事長が「ある意味での鉄道自殺の被害者として鉄道会社の『本音』が出たのだろう。でも自殺は当事者や家族を責めても解決しない。自殺にまで追い込む社会全体の問題として考えてほしい」と答えている。

なんともお気楽な言葉だ。「解決しない」と言うならば、じゃあどうすれば解決するのか、是非とも完璧な文言を教えてほしいものだ。

それに、自殺に苦しむ鉄道会社が本音を出して何が悪いと思う。名鉄では年20~30件の鉄道自殺があるとの事だが、これの処理や対応に当たる職員の辛さを想像した事があるのだろうか。

私は田園都市線沿いに住んでいた時、鉄道自殺にニアミスした事があるが、悲惨な現場である。先に行って目撃した友人の伝聞だが、四肢はバラバラになり、周囲に血や体の一部が飛び散る、悲惨な現場だったそうだ。

鉄道自殺は、自殺する当事者、遺族だけでなく、それに対応する鉄道職員、目撃した人、大勢の人々を不幸にするものだ。その不幸がどれほど大きいか、社会全体で共有し、これ以上起きないようにみんなで考える。それこそがまさに「社会全体の問題として考える」と言う事だと思う。

名鉄、JR東海、近鉄、名古屋市営地下鉄は、自殺防止ポスターに当初込めた願いを信じて、このまま掲載を続けて欲しいと思う。

-ライフ, ローカル

author : 宮寺達也

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