キャリア

「足りない情報」で決断するのがリーダーです

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出典:写真AC

先週、豊洲市場問題に大きな動きが起きた。築地市場に土壌汚染の疑いがあることが発覚し(ある意味当然ではあるが)、元都知事の石原慎太郎氏が記者会見し、極めつけは「79倍のベンゼン検出」と騒がれた第9回モニタリング調査で「都の指示で不適切な計測を行った」と業者が証言したのだ。

豊洲市場問題の決着は(科学的には結論は出ているが)政治的にはまだどうなるかわからず、予断を許さない。しかし、これから小池都知事はリーダーとしての資質を試されることになるだろう。

そう思っていたら、アゴラに興味深い記事が掲載された。松本孝行氏の「政治家・リーダーは決断・意思決定をすることがお仕事です」である。

「賛成・反対両方の意見がある中で、リーダーは意思決定・決断をしなければならない」との一文を初め、非常に同意できる内容であった。そこで私からも、リーダーの決断について補足記事を書きたい。

それは、「リーダーは情報が足りない状態でこそ、決断をしなければいけない」ということである。


絶対の安全を求める無能リーダー

私が事務機器メーカーの勤務時代、あるプリンタ製品の制御仕様(モーターやレーザーを動かすタイミング、パワーを細かく決めて、マシンの精密な動作を実現する設計図)を担当していたとき、発売直前にメカ屋さんから部品のサイズが変更になったと、修正依頼が入った。

私の制御仕様は、紙上の正確な位置に画像をプリントするためのものだった。部品のサイズが変われば、画像をプリントする位置が変わってしまう。そのため、制御仕様を変更して正しい位置に画像をプリントするように調整しなければいけない。

もっとも、部品のサイズは制御仕様書(Excel)の中でパラメーターとしてきちんと管理していたので、Excelの計算式に新しい部品サイズを挿入して、出てきた結果(レーザーの点灯タイミング)をソフト設計者に渡すだけの簡単なお仕事だった。作業は30分で完了した。

(どのくらい簡単かと説明すれば、アニメの放送開始時間が22時から23時に変わったので、録画開始時間を22時から23時に修正しました、程度のことであった)

修正した制御仕様書をデザインレビュー会議にかけて、上司の承認ボタンを貰うだけ。15分も掛からないと思っていたが、思わぬ誤算が発生した。

そのときの承認者は、課長になりたてのOであった。後に私にパワハラをして部署を追い出すことになる因縁の相手である。

そのO課長が、私の制御仕様書の粗探しを始めたのだ。それもネチネチと。

「レーザーの点灯タイミングが正しいことはどうやって証明した?」

「タイミングを求めた演算式が正しいことはどうやって証明する?」

「演算式は変わっていないという、実績だけでは不十分だ。なぜ問題無いか説明しろ」

「そんな説明ではわからん、それでは大丈夫かどうか判断できない。発売直前で絶対にミスはできない。やり直しだ」

私はいらっとしながら、「やり直すと言っても結果は同じですよ。何を直すんですか?」と尋ねたら、

「仕様を変更しても絶対に問題が無いことを証明するためのデータと、会議出席者がきちんと内容を理解できるように資料を用意すること。今回は不合格」

「製品発売が遅れたらお前の責任だ。以後はこんなことの無いように」

誰にでもわかるんだったら、誰が判断しても一緒

会議後、不愉快な気分を抱えながら、絶対に間違いの無い変更とわかっていたが対策に追われた。テスト用ソフトを作成して試作機で動作確認し、次の会議のために演算式を説明したパワポの資料を作成し、連日深夜までの残業に及んだ。

また、製品発売を遅らせる訳にはいかないので、制御仕様を受け取って製品に組み込むソフト担当者に根回しし、予めソフトの設計を開始してもらった。

そして、1週間後の再デザインレビューで、テストで問題が無かったこと、パワポでわかりやすく演算式の内容を説明し、承認を貰った。

承認後、O課長が「宮寺は自分が担当だからと言って自分だけ理解すれば良いと思っている。承認をするのは私のように、設計を引退してから時間が経った管理職だ。これからは誰にでもわかるように資料を作成すること。それをしっかりと指摘し、指導するのが私の仕事だ」という説教をして、会議が終わろうとした(聞き流していたが)。

そこで、今まで黙っていた尊敬するKさん(前回は都合で出席できなかった)が口を開いた。

Kさん「いや、そこまでする必要は無いでしょう。誰にでもわかる資料を作成するんだったら、誰が判断しても一緒ですよ。次は私が判断しますので」

絶対の安全を求めるのは、自分の財布が痛まないから

「絶対にミスが無いことを証明すること」「誰にでもわかるように資料を作成すること」というO課長の発言にはそれなりに理があるようにも感じていた。だからこそ、イラっとしながらも指示に従っていたのだ。そのため、Kさんの発言はちょっと衝撃だった。

早速、親友Yとディスカッションをしたところ、「リーダーの資質」が何かということが見えてきた。

親友Y「Oの言う通りに、『絶対にミスが無い』『誰にでもわかる内容』を承認するんだったら、小学1年生にでもできる。Oが管理職・組織職として高い給料を貰っているのは、「情報が足りない」「高度に専門的な内容」というOにしかジャッジできないことがあるから

親友Y「例えば、新しい製品を発売するとして、『値段も安くて、機能も豊富で、故障もしない』完璧な製品は誰でもGoサインを出すよね。でも『機能も豊富で、故障もしない、でも値段は高い』製品だったら?これが上手くいくかは簡単にはわからない、だけどためらっていたら他社が先に出すかもしれない。そういう成功も失敗もありえる難しい判断を、ライバルよりも早く判断するのがリーダーの価値」

私「なるほど。『誰にでもわかる』んだったら、確かにそれを承認する人間に給料払う必要は無いな。しかし、実際、Oが私の仕事の詳細まで把握するのは無理ではないか?」

親友Y「だから、OはチームリーダーとしてKさんに、Kさんは担当者として宮寺君に権限を委譲したはず。宮寺君が一番詳しいんだから、それが最も合理的。委譲したはずの権限に口を出すのは、そっちがルール違反」

私「なるほど。確かに俺が判断して、そのまま決済するのが最も効率的だ。しかし、『絶対にミスが無いのか』と言われれば言い返しにくい。

親友Y「ミスは無くすべきだが、Oはそのためのコストを負担していない。今回、宮寺君は20時間以上残業した。5万円以上の残業代だ。Oが簡単に『絶対にミスを無くせ』と言えるのは、自分の財布が痛まないから。宮寺君が『ミスを無くしても良いですけど、そのための残業代5万円は指示したあなたの給料から天引きします』と言えたら、絶対に言わなかったよ

足りない情報で判断してきた名リーダー

私は親友Yとのディスカッションでリーダーに必要な資質が整理できた。

・リーダーは、「情報が足りない」「高度に専門的」と言った、難しい判断をできるからこそ、その立場に権限や高給が与えられているのである。誰にでもわかることを判断するんだったら、誰でも良いということであり、そんな人はいなくて良い。

・「絶対にミスを無くす」は一見すると間違っていないが、そのためのコストを誰が負担するかを考えないといけない。課長が残業してもミスを無くせと指示するのは、残業代は会社が出すから。リーダーは、総合的にコストと品質のバランスを考えなくてはいけない。

そして思えば、名リーダーと呼ばれてきた人はいつだって「足りない情報」で決断してきた。

石原慎太郎氏は東京都知事時代に、「東京マラソン」というプロジェクトを立ち上げた。私も第一回の開催前は賛否両論だったのを覚えている。「一日に渡り東京の道路を封鎖するので、経済効果はマイナス」「青梅マラソンがあるので、誰も参加しない」等々。開催前、東京マラソンの成功を保障するデータは無かっただろう。しかし、石原氏は決断した。そして大成功を収めているのは周知の通りだ。

元中日ドラゴンズの監督の落合博満氏は、2004年の監督就任時に「この1年は補強を凍結し、個々の選手の能力を10%底上げして日本一を獲る」と宣言し、見事にセ・リーグ優勝を果たした。中日ドラゴンズは2003年は優勝した阪神に14.5ゲーム差を離されていた。補強しなければチーム力は向上しないという常識を覆し、まさに「足りない」状態で優勝に導いた。投手起用を投手コーチの森繁和氏に全て任せるという、権限移譲の観点でも理想的なリーダーだ。

他にも、優れたリーダーは「まだわからない」「情報が足りない」中で、未来を予測し、素晴らしい結果を残してきた。

そして、豊洲市場問題については、残念ながら小池都知事は全くリーダーシップを発揮していない。松本孝行氏が指摘するように、小池都知事は豊洲市場に移転するのか、築地に残るのか、早急に決断しなければいけない。

幸いに「豊洲市場は科学的に安全である」「築地市場は老朽化、土壌汚染の懸念、アスベストといった重大な問題がある」「キャッシュフローは豊洲市場に移転した方が圧倒的にプラス」と、誰にでもわかる「豊洲移転が良い」というデータが揃っている。こんな簡単な問題で決断できないのでは、リーダーの資格が無いと言わざるを得ない。


※この記事は、2017年03月06日にアゴラに投稿・掲載された記事を再掲したものになります。

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author : 宮寺達也

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