教育

ガリ勉が勉強してもモテないこんな世の中だから「俗流歴史本」が受ける

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出典:イラストAC

今、書店には歴史学の最新成果を無視して作家などが思いつきを綴った「俗流歴史本」が溢れている。

これはベストセラー『応仁の乱』の著者である歴史学者・呉座勇一氏が寄稿した記事の冒頭である。

「俗流歴史本」の何が問題か、歴史学者・呉座勇一が語る

百田尚樹氏の『日本国紀』批判に端を発した、「資料に基づかない空想をさも歴史的真実かのように」世にアピールする歴史小説家と本物の歴史学者のバトルが続いている。

歴史小説家軍団は百田尚樹氏を守らんとすべく、アゴラの八幡和郎氏、そして『逆説の日本史』(週刊ポスト)の井沢元彦氏が呉座さんに論争を仕掛け、次々に返り討ちに遭っている。

しかしなぜかアゴラ編集部も週刊ポスト編集部も「これで停戦」と勝手な引き分け宣言をしてしまった。ボクシングで言うなら1Rからボコボコで完全に失神状態なのにレフリーが割り込んで来て引き分け宣言をしたようなものだ。つまり八百長だ。

相手が普通の学者だったら通用したかもしれないが、呉座さんだからね。発言の場所を奪われれば、媒体を替えて(だからこの記事は週刊ポストじゃなくて現代ビジネス)反撃するだけ。「音喜多批判をしたらアゴラ追放」という指示に従わずアゴラを追放され、その後は自分のブログで発信を続け北区長選落選に追い込んだ私とはとっても気が合いそうな予感だ。

さて、ここまで論争で完敗、醜態を繰り返しているのに単なる妄想小説である「俗流歴史本」は売れているし、「歴史の真実がそこに書かれている」と思っている人も世の中には溢れている。

これはなぜなのか?STAP細胞騒動でもその兆候は有ったが、自然科学ではあまり見られない問題だ。

そしてその答えもまた呉座さんに大きなヒントを貰った。歴史小説家は意識してかしないでか、

「ガリ勉して難関大学に行った奴よりも俺たちの地頭が優れている。勉強しなくても成功できるんだ」

というメッセージを発し、勉強が出来なかった人のルサンチマンに寄生しているのだ。

歴史小説家の見苦しい捨て台詞と、そこから思い出す「勉強の努力の否定」

呉座さんに論争で完敗した歴史小説家であるが、しかし皆一様に負けを認めず見苦しい捨て台詞に終始している。

アゴラの八幡和郎氏 「たかが助教」

井沢元彦氏 「宗教の信者」

八幡氏の「たかが助教」とか、井沢氏の「宗教の信者」とか、批判を超えた単なる誹謗中傷だ。討論で負けたからって悔しくて「お前の家、貧乏のくせに」と捨て台詞を吐くクソガキ以下だ。

だが、ここに共通のメッセージを感じる。

「資料を地道に調査するとか、そんな古臭いやり方は必要ない」

「アカデミズムで歴史の資料に地道に向き合って来た呉座氏のやり方は失敗である」

「アカデミズムで偉そうにしている呉座氏より、柔軟な発想を展開している私たちの方が優れている」

と言うものだ。私はこのメッセージは何かに似ていると感じる。そう、小学校・中学校の頃に散々言われたあの台詞だ。

「お前、ちょっとテストで良い点取ったからって良い気になるなよ」

「テストの点数が良いだけで、俺の方が頭良いからな」

「お前は俺よりも長時間勉強しただけ。同じ時間勉強したら俺の方が点数良いちゃ」

「学校の勉強なんて何の役にも立たない。テストで良い点取ったからって意味無いんだよ」

呉座さん「井沢さんの言ってることは煎じ詰めればガリ勉批判」

特に井沢氏の発言が顕著なのだが、資料を調査しその資料に基づいて確かな仮説を立てると言う学問の常識を、

「行き過ぎた実証主義者」

「文献史料真理教」

とよく分からない批判をして来る。「実証主義」も「文献史料」も要するに「指定されたテスト範囲を勉強してテストに臨む」という事である。常識も常識である。批判される意味がわからない。

それに対して井沢氏らは「予めテスト範囲を勉強するのは卑怯」「勉強無しでそれなりの点数を取っている俺たちの方が頭良いし偉い」と言っている感じだ。

そう思ったので私はこの「俗流歴史本」批判の記事を読んで、呉座さんのフェイスブックにこんなコメントを書いた。

(宮寺)
「資料絶対主義」という悪口(?)

小学生の頃に「お前、真面目に授業受けてるからテストの点数良いだけだからな」ってイジメっ子に言われたのを思い出しました。

(呉座さん)
井沢さんの言ってることは煎じ詰めればガリ勉批判ですね。勉強できた人よりできなかった人の方が多いので支持を得やすい。

この一言で私が何となく思っていたパズルが組み上がった。そう、「俗流歴史本」とはガリ勉批判である。そして、ガリ勉批判を好む層は確かにいる。

勉強とは、義務教育が存在する日本ではおよそ全ての国民が通過して来た試練だ。特に大学受験という場において、残酷なまでに格付けが行われてしまう。

どんなに国民全員が勉強を頑張ったとしても、難関大学と言われる大学の合格者は年間3万人程度。受験生の9割以上は大なり小なり「自分は勉強が出来なかった」という認識を持つ。

しかし人間、「出来なかったのは自分の責任だ」と自責を持てる人は少ない。

「俺が勉強が出来なかったのは、出来た連中がズルしたからだ」

「こんな勉強しても社会では何の意味も無い」

「テストの点数で負けただけ。俺の方が頭が良い優れた人間だ」

「ガリ勉の連中はテストの点数が高いだけで、仕事は出来ない」

と他責に走り、ルサンチマンを募らせる人達が一定数存在する。そしてそれは死ぬまで持ち続ける。

そんな「ガリ勉嫌いな人達」に向けたコンテンツは世の中に溢れている。

ほとんどのクイズ番組は「必死に勉強したインテリが、地頭の良い天才芸能人にクイズで負ける」シーンを盛り込んでくる。ドラマやドキュメンタリーでは「高卒だけど社長になってインテリを顎で使う立場になった」というエピソードが勧善懲悪的に語られる。

思い出せば民主党政権での事業仕分けもそうだ。必死に勉強して来たエリート官僚が、国民が選んだタレント政治家に「それは何の意味があるんだ?」と詰め寄られ、必死に弁解する姿はまさにガリ勉イジメだった。そして大いに受けた。

良くも悪くも、世の中には「自分は勉強が出来なかった」というルサンチマンを抱えている人が一定数いる。そして「俗流歴史本」は

「歴史学者は無駄な勉強のし過ぎで、歴史の真実を見る事の出来ない可哀想な連中。俺たちこそが歴史の真実を理解した優れた人物」

というメッセージが込もっているので、ガリ勉批判の人々に受けるのだ。

モテなくてもガリ勉は立派な努力。地頭なんて言葉に惑わされるな

この世の中、ガリ勉の努力は嫌われる。だがスポーツの努力はめっちゃ褒められる。特に影の努力は女の子にも超モテモテである。

実際、私もスラムダンクの桜木花道のシュート2万本のエピソードは大好きだ。ドラゴンボールでも「格闘の修行なんて必要ねえ。悟飯ちゃんは勉強するだ」というチチが嫌いであった。

勉強を必死にして来た私でもそう思うんだから、勉強をしていない・勉強が出来ない人達はもっとであろう。

国民のほぼ全員が勉強をする義務教育は素晴らしい。だが必然として「勉強が出来ない実感・体験を持つ人」を一定数作り出す。その結果、勉強の努力は全く褒められない。それどころかなんかズルしたみたいに言われる。もちろんモテない。

理不尽だ。

だが、それもまた一面でしかない。私が戦っている特許、呉座さんの歴史学、どの世界でも正しい勉強をし、正しいデータを積み上げないと何も成し遂げられない。

勉強無しでも適当な本は出したりテレビに出たりは出来るかもしれない。だが適当なデータでは私が作って来たプリンタは決して動かないし、特許は取れないし、歴史の教科書に載るような新しい学説も認定されない。

世の中を変える確かな実績には、ガリ勉が必須なのだ。

確かに地頭である程度近づいて来る人もいる。しかし、本当にある程度だ。

今の近代文明は、数多の偉大な先人達の実績が積み重なった事により成立している。そこからさらに優れた一歩を踏み出すためには、先人達の実績を勉強し、理解した上でないといけない。どんなに優れた思いつきだったとしてもそのほとんどは「過去にもう誰かが思いついてダメだった」ものばかりだ。

あなたがどんなに天才だったとしても、過去にはもっと天才が星の数ほどいるのだ。ただ自分の才能がもたらす閃きに任せるだけでは、ただのパクリ野郎として一生を終えるだけだ。天才なだけで高みに辿り着ける時代はとっくに終わっている。

「そんな事は無い。俺は時代を変える天才だ」と思うならば、是非ともあなたの発明を特許出願したり、歴史の真実とやらを歴史学会で報告して欲しい。ま、門前払いだろうがね。

巷に溢れる「俗流歴史本」とやらはそんな門前払いを恐れて、決して学会には出てこない。そして負けはつかないので信者は「負けてないなら勝利」と信じてしまうだけだ。井沢氏の言葉を借りるなら「ぼくのかんがえた歴史の真実教」である。

「俗流歴史本」を読むなとは言わない。歴史小説としてならば一定の価値はある。ただ「知識」と区別して欲しいだけだ。井沢氏の著書『日本史真髄』に書かれた文章を借りて、こう締めよう。

そこで読者の皆さんにお願いしたい。この記事を読んで少しでも同感するところがあったら、ぜひ歴史の研究を志している若い人々に「俗流歴史本」への呉座さんの反論記事を勧めていただきたい。特に日本史を研究しようとしている若者には、この記事に書いてある認識は絶対に身につけていただきたい。

逆に、これさえあればその後の研究はまったく違ってくる。限りなく質は向上するはずだ。

歴史小説家の中には「呉座の記事など読むな、行き過ぎた実証主義だ」などと極論する人もいるようだが、本当にそうなのか。それは読者の判断に任せよう。

※原文

「そこで読者の皆さんにお願いしたい。この本を読んで少しでも同感するところがあったら、ぜひ歴史の研究を志している若い人々に勧めていただきたい。特に日本史を研究しようとしている若者には、この本に書いてある基本知識は絶対に身につけていただきたい。

逆に、これさえあればその後の研究はまったく違ってくる。限りなく質は向上するはずだ。

学会の中には「井沢の著作など読むな、デタラメだ」などと極論する人もいるようだが、本当にそうなのか。それは読者の判断に任せよう。」

参照:応仁の乱「俗流歴史本」の何が問題か、歴史学者・呉座勇一が語る



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author : 宮寺達也



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