特許

あきらめない心が生んだロバート秋山氏の『体ものまねTシャツ』特許

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出典:特許第6249501号

世間が新元号・令和フィーバーに沸いていた4月4日、知財界にはちょっとしたニュースが駆け巡っていた。

ロバート秋山、「体ものまねTシャツ」特許を取得「かなりの発明」

私も大ファンなのだが、お笑いトリオ・ロバートの秋山竜次さんがあの鉄板の持ちネタギャグ「体ものまね」Tシャツで特許を取得していたのだ。

過去に特許を出願・取得した有名人の話は色々あるけど、現役のお笑い芸人が自分の持ちネタを特許にしたとはちょっと聞いた事が無い。秋山さんの多才は誰もが認めるところであるが、まさか発明の分野にまで進出して来るとは。

おまけに秋山さんが自ら「かなりの発明だと思いますね」と言ってるものだから、これはもうパテントマスターとしては「どれどれ?ちょっと相手してやろうじゃないか」的な気分になって調べずにはいられなかった。

最初は「Tシャツの裏にプリントしただけで特許になるものか?」とも思ったりしたが、そんな単純なものでも無かった。確かにかなりの発明だ。

それよりも何よりも、この「体ものまねTシャツ」を特許権利化するまでに何度も特許庁の拒絶に遭いながらもあきらめずに立ち向かっていく姿勢に痺れた。

そう、特許は簡単に取れるものじゃ無い。あきらめない心が特許を生むんだよ。

発明者「秋山 竜次」で検索して3件の特許を発見

毎度お馴染み、特許情報プラットフォーム|J-PlatPatを用いて「発明者」を「秋山」「竜次」で検索すると、まあ同姓同名の方もいるんだけど3件の特許出願が見つかった。

●特許1
特許第6249501号・特開2017-158994

プルオーバー型の上衣の裏地に、左右の袖ぐりの下端同士を結ぶラインを跨ぐ位置に人物・動物・キャラクターの顔をかたどった画像を倒立状態で設けた小道具

●特許2
特許第6366202号・特開2018-035483

プルオーバー型の上衣の裏地に、左右の袖ぐりの下端同士を結ぶラインを跨ぐ位置に人物・動物・キャラクターの顔をかたどった画像を倒立状態で設け、さらに表側に画像の目印を配置した小道具

●特許3
特開2017-160588

プルオーバー型の上衣の裏地に、左右の袖ぐりの下端同士を結ぶラインを跨ぐ位置に人物・動物・キャラクターの顔をかたどった画像を倒立状態で設け、さらに裏側が透けて見えない生地を用いる小道具

これらが3件の特許の出願したときの内容である。

なるほど。単なる「裏地に顔の画像を印刷しただけのTシャツ」では特許は取れないと思っていたが、Tシャツをめくった時に「上手く自分の顔にものまねの顔画像が重なる」という発想がポイントになっている。

図 左右の袖ぐりの下端同士を結ぶラインを跨ぐ位置

なんとなく顔の位置に来るように裏地に画像を印刷しただけでは進歩が無い。この図のように、袖ぐりの下を基準点として画像を印刷する事で捲った時にちょうど自分の顔と画像の顔の位置が合うようになっている。

特許は「産業として利用される」ものに与えられるため、同業者によって再現できる事が求められる。これならばこの特許を見れば再現可能であり、条件を満たしている。

ところがこの発明は特許庁になかなか進歩性を認めえもらえず、ここから長い苦労の旅に出る。

1回目の拒絶 「裏返すとゾンビになれるTシャツ」がとっくの昔にある

実は苦労という意味では特許1も特許2も2つとも苦労しているのだが、ここではベースになっている特許1の審査経過について解説したい。

特許1は2016年4月11日に出願。まず立ちはだかったのが秋山さんの華麗なテレビ出演の経歴だ。

特許は「未公開の技術」に対して認められる。しかし秋山さんはこの特許出願前に数々のテレビ番組に出演して体ものまねを披露している。そのテレビ放送が「体ものまねTシャツを既に公開した」として拒絶される理由になるのだ。

しかし特許庁もそこまで鬼では無い。「自分で自分の発明を公開」した場合は発明の新規性の喪失の例外の規定の適用という制度によって、「どこで公開したか」を特許庁に報告する事で出願から1年以前ならば例外とみなしてくれるのだ。

なので秋山さんは特許を出願して直ぐ(4月19日)「発明の新規性の喪失の例外の規定の適用を受けるための証明書」を提出している。そこには「VS嵐」「さんまのお笑い向上委員会」といった私も知る人気番組から、「よしもと祇園花月」「よしもと沖縄花月」「ヨシモト∞ホール」といった舞台、「土曜もアサデス。」といった知らないローカル番組までずらりと並んでいる。

普段、特許書類を読んでいてなかなかお目にかからない単語ばかりでちょっと面白い。

そうして新規性の喪失は回避し、早期の権利化を目指してわずか2か月後の6月24日に早期審査を申請している。しかし審査を申請してから2週間も経たない7月5日に拒絶通知が発行された。

通常、特許審査は過去の特許文献などをくまなく調査するため半年から長い場合は1年半も待たされる時が有る。異例とも言える速さだ。これだけ速いという事は、あっさりと類似技術が見つかった場合だ。案の定、

●拒絶通知1(2016年7月5日)

「裏地に顔をかたどった画像を倒立状態で設ける上衣」の発明は引用1に記載された「裏返すとゾンビになれるTシャツ」と同じである

引用1 「今年のハロウィンはこれで決まり! 裏返すとゾンビになれるTシャツ

「左右の袖ぐりの下端同士を結ぶラインを跨ぐ位置」に画像を設ける事は当業者にとって単なる設計的事項である

・・・厳しい。

納得いかず特許庁に弁理士が2度も面接に押し掛ける。しかし・・・

バッサリと却下。

私は「袖ぐりの下を基準点として画像を印刷する」のは良い着眼点に思えたので、少し厳し過ぎるように思う。

秋山さんの弁理士も同じ事を思ったようで特許庁に乗り込んで審査官を説得しに行っている。「え、説得とかできるの?」と思われる人もいるだろうが、これは「面接」と呼ばれる正式な制度である。

「当業者にとって単なる設計的事項」と審査官が判断したとしても、もちろん審査官はその業界の経験者ではなかったりする。私も一度、納得いかない拒絶に対して面接に行って審査官に「実は僕はつい先日まで光科学の分野を担当してまして。画像処理は経験が少ないので厳しめに審査しましたけど納得しました」と言ってもらい、拒絶を解消した事が有る。

さて、弁理士は面接で

ゾンビTシャツは頭に被った時に顔の位置が合うが、体ものまねTシャツは瞬時に捲ってものまねする。そのために「左右の袖ぐりの下端同士を結ぶライン」を基準にする事は容易に思いつかない

と主張した。しかし審査官はその面接では納得せず、拒絶は解消されなかった。

そこで弁理士はもう一度アポを取り、8月22日に審査官と再度の面接を行っている。ここで弁理士はそのままの内容では特許を取れないと判断し、補正(特許の権利を狭める修正)を行っている。

請求項2「上衣を着用する使用者が裾部を引き上げて左右の腋を露出させると、使用者の頭部の前方に画像が使用者から見た正立状態で現れる」

を請求項1に加えて補正したのだ。頭に被るゾンビTシャツとの違いを強調するためだ。

この2回目の面接記録によると「審査官は弁理士の説明を理解した」となっている。しかし拒絶理由が解消されたとは言っていない。そんな状況の中、弁理士は面接の時に主張した補正を拒絶への回答して提出する。言うならば強行策だ。

そして強行策の結果は裏目に出る。審査官が返して来たのは拒絶通知では無く、拒絶査定であった。

拒絶査定をくらってもあきらめない。不服審判でまだまだ対抗

拒絶査定とは、「ダメだけど直したら特許になるかも」という途中経過の拒絶通知とは違い、審査官が「この技術には特許を付与できない」という最終判断である。僕はまだ1回しかもらった事は無いが、ぶっちゃけショックである。

この拒絶査定はもちろん安易に出されていない。審査官はこれまでの拒絶通知と違い、半年近く検討している。翌年の2017年2月21日になって拒絶査定を出した。その内容は、

頭に被るゾンビTシャツであっても、瞬時に捲る体ものまねTシャツであっても、裏地のどこに画像を配置するかは「当業者にとって通常の創作能力を発揮する程度のこと」である

と、結局は従来通りに進歩性を否定していた。

さて拒絶査定は最終判断ではあるが、望みが完全に絶たれた訳では無い。発明者は「拒絶査定不服審判」を申請して延長戦ができる。

これは49,500円+(請求項の数×5,500円)という費用を支払わなければならない(秋山さんの場合は71,500円)が、不服審判ではこれまで1人だった審査官が3人に増える。よりしっかりと審査してもらえるのだ。

その際に秋山さんサイドはさらに特許の補正を行った。拒絶された特許に

・上衣の前身頃と後身頃がそれぞれ裏返える

・使用者が両手で前記裾部を引き上げた状態を維持する

という2つの構成を追加し、頭に被るゾンビTシャツとの差別化を図った。

だがこれもまたあっさりと否定される。特許を補正した場合、不服審判の最初の審査は前置審査と言い、複数の審査官では無くこれまでと同じ審査官1人が判断する。そしていつもの審査官は、

小道具を用いる場合に、使用者が適宜工夫して使用することができることは当然である

とまたまたまたばっさりと切って捨てた。実に3回目の拒絶。これが出された日は2017年6月2日。実に特許出願から1年以上が経過していた。

合議体の審査で4回目の拒絶。しかしこれに補正してついに登録査定

秋山さんサイドはそれでもあきらめず、この審査官ではなく複数人の審査官(通常は3人)で判断される不服審判の本番に賭けた。

その結果、「上衣の前身頃と後身頃がそれぞれ裏返える」「使用者が両手で前記裾部を引き上げた状態を維持する」という構成まで限定している事は、確かにゾンビTシャツとは違うと判断されたのだ。

しかし審査団は「補正を行い過ぎて、小道具の発明なのか、Tシャツの使用方法の発明なのかわからなくなっている」と拒絶理由を出した。これでもう4回目の拒絶だ。

しかし、この「明確でない」という拒絶はもう勝ち試合である。ただ請求項の文章を整理するだけで良いからだ。秋山さんサイドはもちろん明確になるように特許を補正した。そして出来上がった最終的な特許がこれだ。

特許第6249501号

【請求項1】

プルオーバー型の上衣を着用する使用者によって、前記使用者の左右の腋が露出し、前記上衣の前身頃と後身頃がそれぞれ裏返えるように裾部が引き上げられ、前記使用者の頭部の前方に、像が、前記使用者から見た正立状態で現れた後、前記使用者が両手で前記裾部を引き上げた状態を維持することで前記像が前記使用者の頭部の前方にとどまるように、前記上衣の前記前身頃の裏地のうち左右の袖ぐりの下端同士を結ぶラインを跨ぐ位置に、人物、動物及びキャラクターのうちのいずれかの顔をかたどった前記像が前記上衣の上下方向に対して倒立状態で設けられることを特徴とする小道具。

下線が引かれた箇所は最初の出願から修正した事を示す。まあ半分以上も修正されている。

4回の拒絶と2回の面談と3回の補正、ここまで苦労して登録に持って行ったのは僕の100件を超える特許の中でも全く無い。

ただ私は社会人3年目に1つだけ、特許の拒絶査定を貰ってそのままあきらめてしまったものがある。今でもその1つが心残りで、私の特許人生の傷になっている。あの時私にこの秋山さんサイドのようなあきらめない心があれば。

まあ、ぶっちゃけあきらめなかったのは秋山さん本人では無く弁理士の方だと思うのだが、そういう優秀な弁理士を見つけるのもまた発明者にとって重要な才能である。

お笑いのセンスだけでなく、発明のセンスとそれを盛り立てる仲間に恵まれたロバート秋山さん。これまではファンとして応援していたが、これからは同じ発明家仲間としても応援していきたい。

参照:ロバート秋山、「体ものまねTシャツ」特許を取得「かなりの発明」今年のハロウィンはこれで決まり! 裏返すとゾンビになれるTシャツ拒絶査定不服審判と前置審査



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author : 宮寺達也



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