出典:写真AC
駒崎氏の記事「転勤強制は社会の敵」を読んだが、「多数の人が転勤によって、結婚・出産・育児・介護がしづらくなる」という点はよくわかる。
望まない転勤は本人だけでなく、家族も不幸にするものであり、社会全体の損失だ。無くしていく努力をするべきだ。
しかし、駒崎氏が提案する「転勤への規制」という対策は明確に間違いだ。
企業に転勤を規制したら、その結果待っているのは若者の労働環境のさらなる悪化だ。
私は、これからの日本を担っていく若者をこれ以上苦しめることは絶対に避けたいと思っている。そこで、転勤規制の問題点と、転勤問題の対策を提案したい。
転勤の強制は、企業と正社員のWIN-WIN
私自身、大手の事務機器メーカー勤務時代に、2回の転勤を経験した。特に最初の転勤は、東京の本社から遠く離れた大阪の事業部への転勤であり、望まないものであった。
大阪の事業部には多くの転勤社員がおり、様々な悲哀をこの目で見てきた。10年以上単身赴任を続けており、妻・子供に満足に会えないお父さん社員、多額のローンを組んで家を新築したが、その直後に転勤になり数百万円の損失を出して家を売却した先輩社員、結婚を考えていた彼女がいたが、東京・大阪と遠距離恋愛になったことで別れてしまった同期社員、等々、転勤で苦しむ社員がたくさんいた。
では、なぜ企業は社員が苦しむとわかっていながら転勤を強制するのか、社員は人生を損してまで転勤を受け入れるのか。
答えは、「企業は、転勤させないと社員に仕事を与えられない」「社員は、転勤を我慢すれば定年まで雇ってもらえる」からである。
企業は勤務地ごとに必要な社員数が変化するとき、社員を転勤させて調節する。
社員数が変化する例の1つ目は、ある勤務地の事業内容を転換したり、事業が終了したりするため、社員数を減らしたいときだ。このとき、企業は余った社員を解雇し、社員は自分のスキルが活かせる会社に転職すれば理想的である。
しかし、終身雇用を信じて現在の企業でしか通用しないスキル持ちの社員は転職できないので、多少の不都合があろうが現在の企業で働くことを希望する。
また企業は厳しい解雇規制のため社員を解雇できないので、社員数が足りない勤務地に転勤させることで雇用を維持する。
転勤の強制は解雇できない企業と、転職できない社員の利害が一致した結果なのだ。
「企業は転勤強制で発生する費用を負担しないフリーライダー」との記載があったが、企業は「社員を定年まで雇用し、社会を安定する」という圧倒的な社会的コストをすでに負担していることを忘れている。
また、マンパワーが絶対的に足りない場合、現地雇用を進めることはどこの企業も当然にやっている。もっとも、現地雇用を前提にする場合は、無期契約は難しいので正社員では雇用できず、派遣社員やパート・アルバイトといった非正規雇用となり、給料が下がるため優秀な人材を獲得しにくい。
現地雇用が満足に進まない問題の本質は、同じ労働であっても「正社員」より「非正規社員」の給料が低い、労働市場の歪みである。
「企業努力で克服可能だと思います」と言うが、そんな次元の問題では無い。
転勤を規制すれば、若者が犠牲になる
「誰もが、転勤もしない、解雇もされない。定年まで現在の勤務地で働き続ける権利を有する」ことが理想であるのは確かだ。
では、その理想を規制で実現するべく、既にがっちりと「解雇規制」が決まっている日本の企業に、さらに「転勤規制」を加えたらどうなるだろう?
まず、勤務地の社員数を減らしたい場合、家庭を持っていて転職するスキルが無い社員はテコでも現在の勤務地を動かないだろう。しかし、人が余っているので誰かを転勤させなければならない。そうなると、若手(特に独身社員)がターゲットになる。もちろん、若手にも断る権利はあるが、まだ入社したばかりで給料が低い若手は、昇進・昇給に影響が出ることを恐れて渋々OKするだろう。
「転勤しないと、昇進させないぞ」なんて露骨なことは言わないだろうが、「転勤に応じれば評価を上げるぞ」という形のアメで実現するだろう。もっとも、それは転勤しない社員の評価を下げることで実現するので、全く同じことであるが。
そして、事業が倒産寸前で、勤務地から事業を撤退したい場合はもっと悲惨だ。
これまでなら、他の勤務地へ社員を転勤することでスムーズに撤退ができた。転勤による撤退ができなければ、残った社員で事業を盛り返すなり、新しい事業に挑戦しなければならない。
だが、一度傾いた事業を盛り返すのは簡単では無い。そもそも、勤務地と相性の良い事業だったからこそ、そこに拠点を築いたのだ。
設備や社員のスキルも古い事業に特化しており、新たな事業で成功を収める可能性は低い。ほとんどの場合、シャープの堺の液晶工場、パナソニックの尼崎のプラズマ工場のように膨大な赤字を出し続け、会社そのものを経営危機に追い込むだろう。
現に、私がかつて勤めていた大阪の事業部は新規事業に失敗し、2016年5月に業績不振のため取り潰しになった。そこで働く200人以上の社員は解雇を免れ、全員が本社へ転勤となった。もちろん、子供を大阪に残して単身赴任となった人もいる。
「転勤を規制するべき」という人は、このような場合どうすれば良いと考えているのだろう?そのまま赤字を垂れ流し、企業そのものが潰れてしまえと言いたいのか。
転勤を無くす、たった一つの冴えたやり方
最初に書いたように、私も本人の希望しない転勤は社会の損失だと思う、できるだけゼロにしたい。しかし、「転勤規制」のように処方箋を間違えれば、炎上した天ぷら油に水をぶっかけるように、被害は拡大する。転勤がゼロになる代わりに、雇用がゼロになってしまう。
良い処方箋は、「いつでもさくっと転職できる流動的な労働市場」を作ることだ。
そのためには、これまでに池田信夫氏、城繁幸氏、筒井冨美氏、荘司雅彦氏と、錚々たるアゴラ執筆陣が主張してきたように、まずは大企業の解雇規制を緩和しなければいけない。現在の安倍政権の働き方改革でほんの少しだけ話題になっているが、電通叩きで満足しているあたり、実現はまだ先になるだろう。
だが、解雇規制を緩和を無くして、理不尽な転勤を無くしてくれと叫ぶことは、天からお金が降ってくるのを期待するくらいナンセンスだ。
解雇規制の緩和は、理不尽な転勤を無くすだけでなく、過労死を無くし、女性活躍を推進し、少子化対策になり、様々な面で日本社会を変えるポテンシャルを秘めている。
それなのに政府が積極的にならないのは、解雇規制の緩和で痛みを負うシルバー層の声が大きいからだろう。
しかし、これからの日本を支える若者に少しでも働きやすい社会を目指すべく、声を上げ続けていきたい。
また、政府が変わること期待するだけでなく、まずは私たちが変わっていこう。転勤を命じられて嫌だと思ったなら、転職しよう。
私は2016年にメーカー勤務からフリーに転職し、自分の意思で横浜で働き続けることができている。
法律が変わらなくても、少しずつ労働市場を変えることはできるはずだ。
※この記事は、2017年01月17日にアゴラに投稿・掲載された記事(http://agora-web.jp/archives/2023910.html)を再掲したものになります。