お笑い

M-1は参加資格を結成10年以内に戻すべき

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出典:大会の歴史 M-1グランプリ 公式サイト

(※この記事は2019年1月1日に書くつもりでURL採番だけしたのを、2019年5月16日にようやく書き上げたものです)

今は富山県黒部市の実家でゴロゴロとテレビを見ているのだが、年末年始のテレビ番組を観ているとタイムスリップしたかのような錯覚に陥る。

紅白歌合戦はもちろん、これでもかと言うほどのお笑い番組ラッシュ。出演者はウッチャンナンチャン、ダウンタウン、明石家さんま、ビートたけし、タモリ、、、小学校の頃から同じテレビを見ているんじゃ無いかと錯覚に陥ってしまう。

平成のテレビ番組はコンプライアンス重視で変わっていったけど、出演するお笑い芸人は全く変わってない気がする。どんな会社でも30年もすれば上はほとんどいなくなるものだが、お笑い界はずっと第一線に重鎮がいる。若手はどんな思いでそれを見つめているのだろう。

とはいえ、平成のお笑い界はそれに対する答えもまた用意した。それがお笑いコンテストである。

M-1に始まり、R-1、キングオブコントといった本格的なお笑いコンテストが次々に生まれ、単なるお笑い番組を超えてスポーツの全国大会に匹敵する行事としての地位を確立し、その結果はニュースとして放送局以外のマスコミまで報じるようになった。

つい先日もM-1グランプリ2018があったのだが、その後にとろサーモンの久保田とスーパーマラドーナの武智が審査員の上沼恵美子に暴言を吐いてしまい、優勝した霜降り明星を始め大会そのものにケチがついてしまった。

私はM-1を第1回から見ている大ファンだ。だが2015年に復活後のM-1は参加資格を結成15年以内に伸ばした事でどんどん劣化しているように思えてならない。

M-1は最も価値あるお笑いコンテスト。他のコンテストとは審査のレベルが違う

第1回M-1は私が大阪大学3回生の冬、2001年に始まった。復活後のM-1は12月の早い時期に放送されるが、当時はクリスマスかその少し後と年末ギリギリに放送されていた。

第1回の放送日は2001年12月25日であった。私たちはそれを観てから大阪大学豊中キャンパスに停まっているエスポワール(クロネコヤマトの深夜バイト【日給1万2000円】に学生を集めて送り出す希望の船)の中で「やっぱ中川家だよな」「でもネタはいつもやってる無難な奴だったな」「麒麟はやっぱ緊張してたな」とその後に待っている地獄の労働(夜中10時から朝6時まで休憩15分でひたすら荷物を仕分ける)への恐怖を忘れるべく、お笑い談義に花を咲かせていた。

その後のM-1の躍進は言うまでもない。中川家、ますだおかだ、フットボールアワー、アンタッチャブル、ブラックマヨネーズ、チュートリアル、サンドウィッチマン、NON STYLE、パンクブーブー、笑い飯と休止するまでの10年間に今のお笑い界のトップスターをあまねく排出していった。

優勝者以外でも麒麟、おぎやはぎ、タカアンドトシ、千鳥、オードリー、ナイツ、錚々たるメンバーが並んでいる。

その間にR-1、キングオブコントがスタートしたがその優勝者・参加者はほとんどパッとしない。その事を考えればM-1の価値がわかる。2011年に休止したM-1に代わって始まったTHE MANZAIは同じ漫才コンテストなのに審査が適当過ぎてあっさり終わってしまった。THE MANZAIの優勝者を全部答えられる人はまあいないだろう。

M-1だけがその審査の質によって価値を高め、単なる番組の枠を超えて日本のお笑い界を変えていった。社会現象とも言える存在感を持っていた。

ではM-1と他のお笑いコンテストの何が違ったのか。それは審査の質である。

M-1はベテラン漫才師を中心に大御所が真剣に審査を行う。100点満点で点数をつけていくのだが、他のお笑いコンテストで見られる「点数=会場の笑い声の大きさ」「後半になればなるほど会場があったまって点数が上がっていく」という安易な採点が(比較的)発生せず、できる限り質の高い漫才を評価していた。

そしてその審査の質を実現したのが大会委員長・島田紳助である。

あの厳格な審査が実現したのは審査員の実力というより、島田紳助が直々に審査員に出演を依頼していたため「こうやって審査しよう」と審査方針が明確になっていたからではないか。

ちなみに第1回のM-1は実は紳助はMCをやっていて審査員ではない。第2回以降は審査員筆頭を務めていたが、それからも「島田紳助があんな感じで審査するのだから」と他の審査員が真似をしていた(松っちゃんが採点前に隣の紳助と相談しているシーンが度々見られた)。

M-1の存在意義は優勝を目指す事よりも若手の引退の場である事

ではなぜ島田紳助が素晴らしい審査を実現できたか。それは紳助のお笑い芸人としての実力はもちろんだが、それ以上にM-1という大会がどうあるべきかビジョンが確立されていたからだ。

今回の暴言騒動に際して引退していた紳助が年末発売の週刊新潮の取材に答えている。

島田紳助が語った“上沼恵美子”起用のウラ話 「M-1審査員ってまず、なり手がないやん……」

島田紳助が「M-1上沼騒動」を叱る 「酒飲んで審査員の悪口を言うのはオッケーやねん。ただ……」

オレはいま、ホンマ、ストレスゼロですよ――島田紳助から“西の女帝”へメッセージ

ここで改めて紳助がM-1を開催した理由を答えている。

オレのやりたかったM–1

M-1を作ったのは2つ理由があったんです。1つは、若い子がスターになったらええなってこと。もう1つは、芸人を辞めなあかんやつは辞めなあかんってこと。

10年やって決勝に上がれへんやつは、辞めなあかんのです。芸能界で一番不幸なのは、才能ないのに辞めない子。そんな子らに見切りをつけてもらうためにも、こういう大会が必要だろうと。

これはM-1ファンには常識であるが、改めて素晴らしい理念だったと思う。M-1が視聴率狙いの単なるお笑い番組だったら審査は適当だったはずだ。吉本所属の人気芸人だけが決勝に上がり、例えば2007年はサンドウィッチマンは敗者復活にも選ばれずキングコングが優勝しただろう。

そういう適当な審査の大会になると、負けたお笑い芸人も自分の実力不足と納得できない。そうしてズルズルとお笑いの世界で燻っていただろう。

M-1から今の主力芸人が羽ばたいたけど、当時は見たこと無い若手だった

だからM-1は若手の漫才師の実力を正当に評価する事で、実力のある若手を世間に紹介し、実力の無い若手に見切りをつける場であった。

2018年は霜降り明星が優勝して20代の若手チャンピオンが誕生したと話題になったが、そもそもM-1はそういう大会だった。

第1回で優勝した中川家はベテラン感満載だったけど当時の礼二は29歳だし、フットボールアワーもNON STYLEも20代のチャンピオンだ。長年下積みで苦労したと言われたサンドウィッチマンも優勝した時は33歳だし、他の優勝者も30歳前後ばかりである。

第1回で評価された麒麟はまだ結成4年目だった。僕らは大阪のお笑い番組でちょっと知ってたけど関西以外の人は「誰?」って感じだったろう。番組内でも「吉本の社員も知らない」って言われてた。ちなみに2002年の笑い飯は関西でも「誰だ、こんなおもろいコンビは!」って衝撃だった。

こうして2010年までのM-1は30歳を限界の年齢として、誰も知らない才能ある若手を発掘し、またお笑い芸人としてブレイクできるかどうか見切りをつける判断基準になっていた。

しかし2015年に復活してからのM-1は変わってしまった。参加資格を結成15年以内に伸ばした事で燻っているベテラン芸人が多数参加するようになり、若手のハツラツとした斬新な漫才ではなくベテランの安定感のある漫才ばかりになった。その1つの証拠が「会場の空気があったまった」事に依存する無難な漫才ばかりになった結果、最後に登場する敗者復活組の有利度が圧倒的に高まった事だ。

審査員も歴代優勝者10名にしたり、ベテランに戻したけど5名とか7名とか迷走し、おまけに敗者復活組をテレビでの視聴者投票にした事で漫才の内容でなく知名度だけで決まる人気投票になってしまった。

そんな「ずっと頑張って来たのに漫才をちゃんと評価して貰えない」という不満と、結成15年も経過してもう人生戻れないという焦燥がスーパーマラドーナの武智の暴言に繋がってしまったんだと思う。

参加資格に制限の無いコンテストという蜘蛛の糸に集まるベテラン芸人

今やM-1の参加メンバーの年齢は40歳に届こうとする連中がゴロゴロしている。他のコンテストはもっと悲惨だ。年齢制限が無いため45歳(四捨五入で50歳)になろうというお笑い芸人が「若手」を自称して蜘蛛の糸にみんなでしがみついている状況だ。

それでも優勝したら必ずブレイクするような状況ならいいのだが、R-1とキングオブコントは悲惨の一言。M-1ですら年齢が上がってしまった影響で優勝者もパッとしなくなってしまった。

今のお笑いコンテストは燻っているベテラン芸人が最後のチャンスとばかりに完成度の高い漫才・コントを引っさげて参加し続けている。なんだかんだでネタとしては完成度が高く面白いから優勝したり上位に入る。でも昔のM-1に有った若手芸人の斬新な漫才が評価される空気はなくなってしまい、かつてのM-1の理念である「若い子がスター」になるは失われた。

私は決してベテランのネタを否定している訳では無い。昨今のネタ番組の減少には心を痛めており、彼らの質の高いネタを披露できる場がもっと増えて欲しいと思う。

でもそれをM-1に求めるのは違うと思うのだ。M-1はネタの祭典ではなく、未来のスターの祭典だと信じているからだ。

今のM-1はインターハイに大人が参加しているようなものだ。駆け引きや技で勝利する風潮が蔓延し、新しいプレースタイルに挑戦する芸人や圧倒的な才能を不器用にぶつけてくる芸人が負けてしまい埋もれてしまっている。

しかもベテランだけに積み重ねて来たプライドは大きく、だからこそ負けた時により強い怨念となって吐き出されてしまっている。

ベテランにはベテランが戦う場があり、若手には若手が戦う場がある。両方が存在する事がお笑い界の発展にとって不可欠だと思う。だからM-1は参加資格をコンビ結成10年以内に戻して、若手が戦う場に戻して欲しい。

何より私は若手が戦う場であった時代のM-1が大好きであった。もう一度あの頃のようなM-1を観る事はもう出来ないのだろうか。

参照:島田紳助が語った“上沼恵美子”起用のウラ話 「M-1審査員ってまず、なり手がないやん……」島田紳助が「M-1上沼騒動」を叱る 「酒飲んで審査員の悪口を言うのはオッケーやねん。ただ……」オレはいま、ホンマ、ストレスゼロですよ――島田紳助から“西の女帝”へメッセージM-1グランプリ – WikipediaM-1グランプリ 公式サイト



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author : 宮寺達也



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