教育

先生なんて関係ねえ!学生は成果主義で生きている

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出典:Sun Musicオフィシャルサイト(小島 よしお)

中沢良平氏の記事、「学校化する社会 会社化する学校」を読んだ。中沢氏の教育論は以前より興味深く拝見させていただいていたが、今回の記事の「学校と(多くの)会社は、「プロセス」で評価するということが共通しています」という箇所には、「確かに」と胸のすく思いであった。

私自身、公立小学校→公立中学校→公立高校→国立大学→終身雇用の大企業、と典型的な「頑張って勉強をしてきた真面目な人」コースを歩んできたので、学校と会社の「成果よりプロセス重視」の現実は身に染みて実感している。だが、その上で中沢氏の記事に補足をしたい。

「学校は確かに成果よりプロセスを重視しているが、学生にとってはそんなの関係ねえ」と−−。


テストの点数が良くても学校は評価しない。だが、そんなの関係ねえ

私は中学時代、テストの点数だけは良かった。英・数・国・理・社の5教科のテストで平均90を切ったことが一度も無く、平均95~98点をコンスタントに獲得し、順位はほとんど1~3番であった。もっとも、その中で「3.9+5.1=9.0は、不正解である」のような理不尽な目には何度か合ってきた。

数学の証明問題で教科書に書いてある記述が長ったらしいのでアレンジしたら減点されたり、授業が遅いから勝手に予習していた先の範囲に書いてある公式を活用したら注意されたりした。しかし、「100点逃しちゃったよ、納得いかないな~」と思って、それで終わりである。1分もすればそのことを忘れ、ソフトテニス部の練習にダッシュしたものだ。

また、私は中学校1・2・3年生で生徒会に所属していたが、そこでも先生は理不尽だった。私はテストはほぼ満点でも、5教科の通信簿では数学・理化が10で、残りは9であった。「まあ、十分良いよね」と納得していたが、同じ生徒会役員の同級生の女子がオール10を取っているのを知ったときはちょっとびっくりした。確か、私より平均で20点、順位は30番は低いはずだったからだ。

先生に理由を問いただすと、「彼女は真面目に授業を受けている、お前はたまに寝ている」「ノートが綺麗」「生徒会という重責を担いながら、勉強を両立しているのは素晴らしい(それは俺も!)」といった、およそ納得でき無い言い訳をしばらく語ってくれた。ただ、やはり「俺は先生にそんなに好かれてなかったんだなー」くらいに思って終わりであり、ソフトテニス部の練習にダッシュした。流石に「テストは全部100点だったのに通信簿がオール3」みたいなことがあれば、もう少し暴れたかもしれないが。

中沢氏は「10年、20年前と比べてこの「プロセス」重視はさらに進み、小中学校は茂木健一郎さんのような天才・奇人が生きづらい社会になってしまいました」と懸念されている。確かに私の中学校時代も20年前なので、現在はもっと理不尽なプロセス重視がまかり通っているかもしれないが、それでも私はそこまで心配していない。「学生にとって先生の採点は些細なことであり、もっと大事なことが山のようにある」からだ。

先生の評価より大事なことが、学校の外にはゴロゴロしている

私のように勉強を頑張っている学生ならば、「県内最難関の志望高校に合格できるかどうか」が自分を計る評価であった。先生が中間・期末テストでどう採点したかなんて気にしている暇は無い。「予備校の統一中学生テストで何点とったか?」「志望高校への合格の確率はどのくらいだ?」が自分の勉強に対する評価であり、全てだった。私にとって先生が付ける通信簿の評価は、「宮寺くんは勉強ばかりしてるから好きじゃない」となぜかわざわざ私の席に来て宣言して来た名前も知らない女子の戯言と同じである、言うなれば道端のカエルの鳴き声と変わらない。

程度の差はあれ、多くの同級生も似たようなものであった。ほとんどの同級生はやはり志望高校の合格を目指して勉強していた。体操で全国を目指し、全国中学校体育大会に全てを掛けていたやつもいたし、女の子にモテることに全てを掛けていたやつもいた。他にも漢検2級の取得に掛けていたやつ、陸上に掛けていたやつ、野球に掛けていたやつ、様々な理由で同級生は学校の先生の評価以外を求めて、中学校人生を満喫していた。

私は中沢氏の主張には基本的に同意している。小・中学校は無意味なプロセス重視に溢れている。しかし、幸いにも今の日本社会には、小・中学校のプロセスを無視しても正統に成果・能力を評価してくれる環境が存在している。学校での評価に納得のいかない子供たちは、学校の外に評価を求めれば良い。特に、高校受験・大学受験はテストの点数だけという、極めて公平な評価があなたを待っている。

これは、別に私の個人の体験からの結論ではない。実は私の父親は高校の日本史教師をしていた。私の父親は戦後の混乱の中で育ち、あまり裕福な家庭では無かった。そのため中学校の先生からは「お前みたいな貧乏もんが高校受験など生意気な」と言われていたそうだが、勉強をただひたすらに頑張ることで奨学金を獲得し、国立大学を卒業し、高校教師として働けるようになった。

そんな父親の口癖を、私は何回聞いたであろうか。

「達也よ。日本の受験は素晴らしいぞ。目の前の試験に正解するだけで人生を切り開くことができる。人種も、性別も、年齢も、血筋も、過去も、性格も、顔立ちも、試験の前では全てが平等だ。用紙一枚でどんな人間にも未来が待っている、こんな幸せな時代がこれまであっただろうか」

会社のプロセス評価には逃げ場無し。だから人が死ぬ

このように、私は中学校時代の過剰なプロセス評価は気にしていなかった。しかし、会社はそうはいかなかった。会社の評価は給料や昇進に直結するため、流石に無視するわけにはいかない。そして、会社を辞めた後はただ老後の余生しか想定していないので、会社を辞めた後の評価に期待することも出来無い。

だから、上司に成果を評価されないことは自分の人生を否定されることと同義であり、それを獲得するために社員は必要以上の無茶をする。上司の評価はとにかく属人的であり、そこには「人種、性別、年齢、血筋、過去、性格、顔立ち」といった自分にはどうしようもないパラメーターが大いに影響する。そのため、ハンデを抱えた人たちは納得がいかずストレスを抱えながらも、上司が求める馬鹿な「プロセス」を重視せざるを得ない。

これが、年間200人にも達する過労自殺を産んでしまう原因であろう。

なお、私は学校と会社の両方を経験したから、学校と会社はプロセス重視という点では似ているが、お互いに影響を与えているとは思わない。単純に、日本社会があらゆる場面でプロセスを重視しているということではないかと思う。

政治家は政策より失言がどうした、政治資金がどうしたで評価されているし、芸能界も歌唱力やネタの面白さではなく、事務所への忠誠や先輩後輩関係でキャスティングされている。

なので、「まず会社が変われば」「まず学校が変われば」と責任を擦り付け合っている場合では無いと思う。それぞれのコミュニティが、過剰なプロセス重視を辞めて、成果を正しく評価する方向に変わっていかなければいけないと思う。


※この記事は、2017年01月04日にアゴラに投稿・掲載された記事を再掲したものになります。

 

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author : 宮寺達也

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