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「穢れ」を隠し続けて来た大相撲はもう限界。公営ギャンブルで出直しては

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出典:いらすとや

横綱・日馬富士が貴ノ岩関をビール瓶で殴ったとされる暴行問題は、事件の真相も明らかにならないまま日馬富士が引退する事になってしまった。

当初は「貴ノ岩の仮病では無いか」「ビール瓶では殴っていない」など、暴行事件が本当にあったのかどうかが焦点であり、日馬富士の引退は回避できるかもとの観測が流れていた。しかし、横綱・白鵬が40度目の優勝を果たした九州場所が終わった直後、事態は一気に動いてしまった。

この違和感が残る中で飛び出して来たのが、「貴乃花親方はモンゴル互助会による八百長に怒りを燃やしている」という意見だ。まだ証拠も無い話ではあるが、正直「ああ、そうなんだろうなあ」と思ってしまった。


大相撲はガチンコでは無いと気づいた1995年秋場所の若貴決戦

私は1980年生まれなので、まさに若貴フィーバーのど真ん中、大相撲人気の絶頂時代を経験して来た。

私が初めて見た相撲は10歳のとき、当時18歳の貴花田が横綱・千代の富士を破ったものであった。相撲の事はよくわからなかったが、凄い人が誕生したんだという事は子ども心にわかった。

それからは貴花田と若花田の活躍に夢中になる毎日だった。小中学校時代は毎日大相撲の結果がどうなるか、ドキドキしながらテレビにかじりついてた。なお、私は若花田が一番好きだった。私も兄だったので、出来の良い弟に負けじと頑張る若花田にシンパシーを感じていたのだ。

しかし貴ノ花が圧倒的な強さで大関に昇進し、歴代最年少での横綱も視野に入れる大活躍をする中、若ノ花は平幕であった。私は弟に追いつこうともがいている若ノ花を必死に応援していた。若ノ花が大関昇進を決めた1993年名古屋場所は、ソフトテニス部終わりで毎日ダッシュで家に帰ったけど、緊張して怖くて若ノ花の取り組みは見れないくらい入れ込んでいた。

場所後、若ノ花が弟に並ぶ大関に昇進した時は、自分の事のように嬉しかった。それから弟はすぐに横綱・貴乃花になってしまったが、ドラマティックな大相撲の勝敗に私は夢中であり続けた。そう、あの兄弟対決の日まで。

1995年の九州場所、ちょうど15歳の誕生日を迎える11月であった。熱戦に次ぐ熱戦の結果、千秋楽を終えて12勝3敗で若乃花と貴乃花が並んだのだ。普段では絶対に実現しない同門対決、しかも史上初の兄弟による優勝決定戦である。実力では貴乃花が上で勝つのは難しいだろうが、若乃花には堂々と戦って欲しかった。後世まで語り継がれる、歴史に残る一戦の目撃者になれると思っていた。

そして、そんな私が見たものは若乃花の何でも無い下手投げに力無く右膝を崩れ落とす貴乃花の姿であった。確かに歴史には残った、世紀の凡戦として。応援しているはずの若乃花が勝ったというのに、負けたよりも遥かにショックであった。

私が身を焦がすほど夢中になっていた大相撲は、ガチンコ勝負では無かったのだ。それ以来、急速に大相撲への熱が引いていくのがわかった。

大相撲の結果に一喜一憂していた私に母親が言った言葉が思い出された。

「若乃花が勝手も負けても、あんたの人生には何の影響も無いのよ」

暴行死・野球賭博・八百長が発覚しても「穢れ」を認めない大相撲

そうして高校に入ってから、私は大相撲にすっかりと興味を無くしてしまった。だが社会人になった後、意外というか当然というか、またニュースで目にするようになった。

それがまず2007年の「時津風部屋力士暴行死事件」である。

力士が「かわいがり」と呼ばれる先輩からの暴力に晒されている事は度々噂になっていたが、それが集団暴行による死亡という形で発覚した事件である。今回の日馬富士の暴行事件にも繋がる、角界の悪しき体質が露わになった。

さらには2010年に「野球賭博問題」が発覚し、大関・琴光喜が引退に追い込まれた。

そしてついに2011年の八百長問題である。野球賭博の捜査で携帯電話のメールを調査したところ、力士同士の星の売買が発覚したのである。

このとき私は、大相撲存続のピンチであるが絶好の改革の機会では無いかと思っていた。これを機に手に汗握る勝負を繰り広げる大相撲に戻ってくれるのでは、と。

しかし相撲協会は「(八百長は)過去には一切なかった問題で、新たに出た問題」と表明し、20名程度の平幕以下の力士を引退させただけで幕引きとした。

そうして角界は絶好の改革のチャンスを逃し、今に至っている。2017年現在、大相撲がガチンコ勝負だと純粋に信じている人はどれだけいるのだろう。私を含め多くの大人は、日常的に星の貸し借りが横行している、八百長力士だらけと思っている。

相撲協会を筆頭に、角界は「暴行(かわいがり)」「賭博」「八百長」といった「穢れ」の存在を頑なに認めて来なかった。

大相撲は日本の国技であり、土俵は女人禁制の神聖な場所であり、横綱は類い稀な強さと品格を備えた神様のような存在である。そんなフィクションを国民に信じてもらうためには、わずかな「穢れ」の存在も許されないからだろう。

日本人は純粋なものを好み、「穢れ」がついた存在をとことん嫌う。角界は、数々の事件は一部の不肖な力士だけの問題である、彼らを引退させたのでもう大丈夫という態度を崩さなかった。

「大相撲は穢れていません。国民の皆様、どうぞ神聖な大相撲に熱中してください」と言うフィクションを昭和から平成が終わるまでずっと守ろうとしているのだ。

大相撲は公営ギャンブルとして、勝負と興行のバランスを狙っては

しかし、新聞・テレビしか情報源が無かった昭和の時代ならともかく、インターネットが発達した現代で「穢れ」を隠し通し、フィクションを貫く事は不可能だろう。

ならば、大相撲に残された道は論理的には2つだ。

1つ目は八百長の存在を認めて、プロレス(プロレスファンの人、すいません)やバラエティ番組のようにストーリーありきのショーに徹する道である。

野球賭博はともかく、八百長は犯罪ではない。相撲協会が認めさえすればいつでも実現できる。もっとも「国技」といった称号には当然相応しくないので、NHKによる全試合中継も無くなるだろうが。

そして2つ目は貴乃花親方が主張するように徹底的にガチンコ勝負を追求する道だ。

私は勝敗が見えない真剣勝負が好きなので、こっちを希望する。しかし問題もある。まず怪我が圧倒的に増えるだろう。平均体重160kgに及ぶ巨漢がぶつかり合うのだ。しかも土俵の外にはマットも無い、吹っ飛ばされたら大怪我必至だ。

おまけに巨漢の繰り出す張り手は強烈だが、ボクシングのようにグローブをはめていない。脳に重大なダメージを与える危険がある。

事実、ガチンコ力士として知られる貴乃花や稀勢の里は、横綱昇進後に大怪我を負っている。力士の現役寿命は大きく縮むだろう。

そこで私が考えるのが第3の道。大相撲を公営ギャンブルにして、勝負と興行のバランスを実現する事だ。

大相撲が公営ギャンブルになれば、自分の勝敗に賭けが設定され、勝つ事で賞金を受け取れるシステムになる。そうすれば、番付けよりもシンプルに勝つ事を優先するようになる。8勝6敗から負けに行く力士は減るのでは無いか。

また、ギャンブル性を高めるという名目であればハンデをつける事も許容されるのではないか。例えば、体重や実績に差がありすぎる取り組みでは有利な方に決まり手を制限させる。危険な投げや張り手、押し出しを行わないようにあらかじめ決めるのだ。もちろんオッズに反映されるので、ハンデを強制される側にもメリットがある。

さらには他の公営ギャンブルを見習い、八百長を重大な犯罪とし防止策を徹底する。場所中は携帯・スマホの持ち込み禁止、外部との連絡一切禁止、力士間での連絡一切禁止と八百長をしたくてもできないようにするのだ。

大相撲はなんだかんだで長い歴史を誇ってきたスポーツであり、興行である。今さらどちらか一方に徹底しようとしても無理が生じる気がする。ならばせめてガチンコ勝負という不可能な建前は捨てて、スポーツと興行のギリギリのバランスを狙っていくのが良いのではないか。

参照:産経新聞・10/29デイリー新潮iRONNAWikipedia 大相撲八百長問題

-スポーツ

author : 宮寺達也

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