経済

内部留保を賃金に回さないのは、それが社員の希望だから

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出典:写真AC

「企業の内部留保が過去最高の400兆円を突破」というニュースが9月1日に流れてから、またぞろ「内部留保をもっと還元しろ」「内部留保で賃金アップしろ」「企業がお金を貯めてばっかりだから景気が良くならない」という意見が見られるようになった。

アゴラでも内部留保に関する記事が載ったり、3年前の記事がまた読まれているみたいで、改めて内部留保に関心が集まっているようだ。

【2014年】内部留保って何?(池田 信夫)

企業の内部留保は世界中で増えている(松本 孝行)

さて、かつては売上2兆円を超える大手の事務機器メーカーに勤めていた私は、大企業が現金を溜め込んでいる事、しかし賃上げに積極的では無い事を実感している。

しかし、同時になぜそれが実現しないかもわかっている。それは企業の内部留保を賃上げに使うなと望んでいるのが、当の社員だからである。


内部留保(=利益剰余金)が多いと言っても、現金はそんなに多くない

まず、知っている人には今更であるが、内部留保とは正式な会計用語ではない。これは池田信夫さんの「内部留保って何?」を読めばわかるが、内部留保とは利益剰余金の事であり、企業の純資産から資本金と資本準備金を引いた「利益の蓄え」である。

私が働いていた大手の事務機器メーカーでは売上2兆円に対して、利益は1千億円、内部留保は約1兆円ほどであった。1兆円の内部留保とは言っても、ほとんどは自由に使えるお金では無い。

自社ビルであったり、工場であったり、高額な実験装置であったり、内部留保のほとんどは設備投資である。売ったら確かにお金にはなるかもしれないが、そんな事したら仕事ができなくなってしまい倒産する。

約1兆円の内部留保の内、比較的使いやすい現金資産は1000億〜2000億円ほどであった。松本さんの記事でも、日本企業の現金資産の比率は10〜12%であるので、まあ平均的な日本企業という感じだ。

この数字を自分の家庭に置き換えたらどうであろう。

年収は500万円で、5千万円で購入したマンションという資産と800万円の預貯金を持っている、という感じである。

まあ余裕のある暮らしではあるが、「お前は6000万円の内部留保を持っているんだから、1千万円くらいぱーっと贅沢しろよ」と言えるほどでは無いだろう。

内部留保で賃上げしろなんて、社員は望んでいない

さて、そんなに現金が多くないとは言っても、内部留保を吐き出せという意見は根強い。報道によると、

デフレ脱却を目指す政府は「経済の好循環」を実現するため経済界に内部留保を賃上げや設備投資に回すよう繰り返し求めてきました。

連合などの労働組合も、企業はもうけを内部留保としてため込むのではなく賃金を引き上げて働く人たちに還元すべきだと訴えてきました。

との事である。実現しない理由は幾つかあるが、大きいのは「当の働く人たち(正社員)がそれを望んでいない」からである。

連合(日本労働組合総連合会)の神津会長はマスコミには度々「内部留保で賃上げを」とアピールしているが、本気ではなくリップサービスと捉えるべきだ。連合のウェブサイトや運動方針を見たが、全然、「内部留保」なんて言葉が見つからない。(どこかに書いてあったら教えてください)

人事コンサルタントの城繁幸さんも「連合のホンネは、内部留保で賃上げとかバカじゃないの」と書いており、まあそうだろうと思う。

私が働いていた事務機器メーカーの社員も、連合の組合員も、一番望んでいるのは「雇用の維持」である。会社が倒産寸前になってもできるだけリストラは止めて欲しい、それが一番の希望なのである。

近い記憶では2008年のリーマンショックで、それまで絶好調だった大企業が一転して赤字転落し、倒産のピンチになった。私が働いていた事務機器メーカーも営業利2,000億円が一瞬にしてほぼゼロになってしまった。

そのピンチを脱するために、2008年には2,585億円あった現金資産は2012年には1,171億円まで減ってしまった。その間の2011年には、初のリストラを断行するまで追い込まれた。まさに会社存続の危機であった。

貯め込んでいた現金資産を1,500億円吐き出す事によって、全員の雇用が守られたとは言えなかったがなんとか倒産を免れ、社員一同が路頭に迷わなくて済んだ。

このように、会社はいつ倒産の危機が襲ってくるかわからない。そして、大半の社員はその時にもクビにならない事を願っている。だから、普段から賃上げせずにピンチに備えて現金資産を保有する事は、文句があるどころか大歓迎なのである。

そもそも会社の利益と賃上げは関係無い事を理解したい

ちなみに日本で最大の売り上げを誇るトヨタ自動車は、売上が28兆円,、内部留保10兆7千億円、現金資産は3兆円である。3兆円の現金があると言われると凄い感じがするが、売り上げの比率からするとそこまで意外な数字では無い。

そんなトヨタの労働組合も「3兆円もあるんだから、労働者に還元しろ」なんて主張は見つからない。むしろ見つかったのは、

「運命共同体としての気持ちのつながりを持ち、トヨタはひとつとなって労働運動全体をリードしていく」

という非常に経営側に理解のあるメッセージであった。

このように「内部留保で賃上げせよ」とは、終身雇用の元で「雇用の維持」が一番の目的の日本の労働慣行には馴染まない。

また、そもそも会社の利益と賃金は関係が無いという原則も思い出したい。

会社は株主のものであり、もちろんその利益もである。現金資産が過剰に多いのだとしたら、投資に使うか、配当として還元させるかすれば良いが、それを決めるのは株主しかいない。

労働者の賃金はその労働の成果で決まるのであり、どんなに会社の利益が多いとしても関係が無い。そもそも内部留保がどうこう言うのは、権利関係としておかしいのである。

日本企業の過剰な内部留保にどうしても不満があるのであれば、株式を購入して株主となり、内部留保を還元しろと主張すれば良いのだ。

で、こう書くと「お前は金持ちの味方をするのか」と言われそうだが、決してそうでは無い。労働者の賃金と会社の利益が無関係であるのだから、逆に言えば、会社がどんなに赤字であっても成果に応じて高額な賃金を要求すれば良いのである。

プロ野球選手はスター選手ならば1億円を超える年俸を貰っているが、支払っている球団はほとんど赤字経営である。だが、それに遠慮して年俸アップを躊躇する選手はいない。

プロ野球選手は球団の経営状態など知った事なく、自分の成績に応じて高額年俸を要求している。それで良いのだ。

球団が赤字になってでも高額な年俸を払うのは、そうしないと選手が去ってしまうからである。これは会社員も同じはずだ。高い成果を残して高額な給与を要求し、ダメならば去ってもっと条件の良い会社に行けば良い。

みんなで賃上げを叫ぶだけじゃ何も変わらない。みんなで賃上げしないと転職するという行動を実践して、初めて賃上げが実現するのである。

参照:NHK NEWS WEB時事通信連合TOYOTA全トヨタ労働組合連合会

-経済

author : 宮寺達也

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