教育

七帝戦(第56回 全国七大学総合体育大会 IN 名古屋)が開幕したよ

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出典:第56回 全国七大学総合体育大会

どうも、大阪大学ソフトテニス部の公式ホームページを立ち上げた、初代管理人にして元会計の宮寺達也です。

私は大学の4年間を、いわゆる体育会系のクラブに所属して青春を過ごしてきました。それが、大阪大学軟式庭球部(ソフトテニス部)です。

ソフトテニス部時代は月〜金は夜7時まで平日練(大会前は夜9時まで夜練)、土日は朝10時から夕方5時まで一日練と、なかなかハードな日々を過ごしてきました。

何でそんなに練習していたかと言うと、そりゃ大会に勝ちたかったからです。春・秋の関西リーグ戦、関西学生個人戦、ライバルの名古屋大学との定期戦(阪名戦)、近畿国立大学体育大会、西日本インカレ、全国インカレ、近畿6大学リーグ戦、様々な大会がありました。

お勉強ができる国立大学のお遊びと侮るなかれ。大学の大会では高校時代にインターハイで活躍していた強豪選手とも頻繁に対戦するため、遥か格上の相手にも勝利するべく、必死で練習していたのです。

そんな私達が最も熱くなる大会が、夏の七帝戦です。相手は同じ難関国立大学の体育会ソフトテニス部。高校時代の実績も、大学での練習条件もほとんど同じ気心が知れあった仲間たちが集まって、でも絶対に負けたく無いと、真剣勝負を繰り広げてきました。

8月29日、そんな七帝戦が今年も開幕しました。今年は名古屋大学での開催です。

と言うわけで、私達の七帝戦の思い出を振り返りつつ、その魅力を紹介していきたいと思います。


七帝戦(全国七大学総合体育大会)とは?

七帝戦は、正式名称を「全国七大学総合体育大会」と言う。世間一般では「七大戦」で名前が通っている。でも、ソフトテニス部はみんな七帝戦って言ってる。

北海道大学、東北大学、東京大学、名古屋大学、大阪大学、京都大学、九州大学の、現在日本に存在する7つの旧帝国大学の全体育会系クラブによる対抗戦である。

主管大学は持ち回りになっていて、大阪→京都→東京→東北→名古屋→北海道→九州の順番でローテーションしている。

私が大阪大学に入学した1999年が大阪大学主管だったため、ただでさえしんどい七帝戦で雑用にこき使われ、それはもうしんどかった。もっとも社会人になって、一番しんどかったのは責任者として駆けずり回っていた主将Mさんと主務のKさんだったんだなあ、と身に沁みて実感した。Mさん、Kさん、マジお疲れ様っした。

私はもちろんソフトテニスの対抗戦に専念していたので他の競技は知らないが、実にバリエーション豊富である。競技一覧によると、野球・サッカー・バスケはもちろん、アイスホッケー、航空、少林寺拳法、自動車まである。

東京6大学リーグで連敗記録ばかりが報道される東大の硬式野球部も、七帝戦での試合を見れば、しっかりと練習をこなし、真剣に野球に取り組んでいるハイレベルな姿を観る事ができる。6大学リーグは相手がプロ予備軍な連中ばかりなだけで、東大野球部は決して弱くない。

また「七帝柔道」と言えば、寝技中心の高専柔道の流れを汲む柔道として、現在世界選手権やオリンピックで行われている講道館柔道とは違う世界唯一の非常に特殊な柔道として有名である。

たかがインテリ学生の運動会と思うなかれ。そこには自分たちが青春を捧げた競技に真剣に打ち込んでいる若者たちの、純粋でかけがえのない真剣勝負が繰り広げられているのだ。

七帝戦の思い出

さて、そろそろ私自身の七帝戦の思い出を振り返っていきたい。

七帝戦のソフトテニスは4日に渡って開催される。7大学による総当たりのリーグ方式の団体戦が2日、トーナメントによる個人戦が2日に渡って行われる。メインは団体戦である。あの盛り上がりは、今でも人生の中でトップクラスだ。

1999年・1回生 IN 大阪

1回生の時は、地元大阪開催だった。しかし、団体戦では補欠だった。最後の名古屋戦にだけ出場させてもらったが、相手はその大会で全勝した強豪N・Kペアで、実力的には全く勝ち目が無かった。その前に開催された阪名戦では0-5で完敗していた。だが、ただただ勢いを出してぶつかっていったら、結構善戦する事ができた。結局負けはしたが3セットを奪取し、渾身のクロスパッシングが決まったりした。応援団を含め、大いに盛り上がったのを覚えている。

個人戦はあっさり1回戦で負けて、終わった。ただ、決勝の主審を任されたのが今でも忘れられない。北海道大のM・Hペアと、京都大のD・Mペアの激突。凄まじいラリーの応酬で、主審をしながら本当に痺れていた。いつかあの舞台に立ちたいと強く思った。

優勝したのは北海道大のM・Hペアであったが、京都大のDさんはその1ヶ月後、西日本インカレの団体戦で無双しまくって、何と3位にまで上り詰めた。七帝戦は、全国トップクラスの選手もいる凄まじい大会なのだと、来年が楽しみになった。

ちなみに七帝戦では3日目、個人戦初日の夜にレセプションが行われる。研究室の近くの食堂ではしゃいでいたためうるさかったのか、すげー怖いお兄さんが「お前ら、こんな時間にどこではしゃいどるんじゃい」と凄い形相で乗り込んできた。しかし、酔った学生は怖いもの知らず。京都大のO先輩が「お前もかぶろうぜ〜」と怖いお兄さんの頭の上からビールをかけ出した時は「終わった」と思った。F先輩が素早く危機を察知し、「申し訳ございません。まあこちらに」と何とかフォローしてくれたが、上半身裸でビールまみれで、でもシリアスな表情で怖いお兄さんに立ち向かって行ったF先輩の勇姿が忘れられない。

2000年・2回生 IN 京都

2回生の時は、近場の京都開催だった。同期でレギュラー筆頭のMが、同じ工学部なのにあいつだけクソ真面目に期末試験を全て受験するため、初日の13時までしか参加できないとなった。そのせいで、1戦目の北海道戦は補欠(ちなみにMはそこで負けやがった)。2戦目以降は、Mの代わりに同期のTと組んで出場した。

(ちなみに同期には工学部が5人いた。期末試験を蹴って七帝戦に参加した私達も、単位が地中に埋まっている大阪大で3回生までに単位をコンプリートしたぞ)

この京都大会はそれなりに活躍できた思い出がある。団体戦は残りの5戦に出場して3勝2敗(確か)。ただし初日最終の名古屋戦は5番手で出場したのだが、2-2で回ってきたため勝負が決まる大役を任された。相手はすげー苦手な後輩のAと先輩のSさん、本当にあっさり押し切られて0-5のストレート負け。そのまま名古屋大が優勝したので、悔いが残った。

ただし、最終戦の東北戦ではまた2-2で回ってきたが、ここでは同期NとTさんのペアを相手に何とか勝利し、チームに勝利をもたらすことが出来た。あの試合は何か忘れられない。

個人戦では2個先輩のKさんと組んで出場し、やはり名古屋大の2個先輩、K・Oさんペアを撃破し、ベスト8に残った。初めての個人戦2日目進出である。準々決勝では北海道大のエース、S・Fペアと対戦した。ファイナルまで持つれ込む熱戦になったが、4-5で敗退した。あの試合、あの時、もうちょっと、強気に打ち込んでいたら、今でも夢に見る。

ちなみに期末試験で欠場していた同期のMはちゃっかり個人戦には出場し、同期のTと組んで2回生ペアながら決勝に進出した。ちょっと複雑な気持ちで応援したのを覚えている。

2001年・3回生 IN 東京

3回生の時は東京開催なので遠征だったが、幹部としての大会なので本気で優勝を狙っていた。レギュラーとして初戦の九州戦に出場したが、私だけ敗戦。そこでレギュラーを外され、1回生の後輩Mと交代させられた。複雑な思いを抱えつつも、チームは連勝を続け、優勝が見えてきた。雨の中断が入り団体戦が3日目に及んだが、そこでチャンスが巡ってきた。

4戦目の北海道戦でレギュラーに復帰したのだ。相手は期待のルーキーN君と、去年個人戦で苦杯を嘗めたF先輩であった。レギュラーを外された悔しさ、チームを優勝させたい思い、去年の雪辱、本当に色んな思いを込めて、力の限りを尽くした。そして、ファイナルの激闘の末、5-4で勝利したのだ!

後で知った話だが、N・Fペアは団体戦ではこの敗戦だけで、全勝を逃したらしい。ドンマイ。

それからチームは5戦目で、ライバルで優勝を争う名古屋大と対戦。私はここはレギュラーを外れたが、必死で応援した。トップで登場した後輩のA・Fペアが、阪名戦で全勝を上げた同期最強の名古屋の大将O・Oを相手に、0-4の超劣勢から5ゲームを連取し、奇跡の逆転勝利を上げた。ファイナルで魅せたAの逆クロスパッシングは今でも瞼に焼きついている。

そのまま3-2で名古屋大に勝利し、いよいよ最終戦、優勝が掛かった東北戦である。この試合でレギュラーに復帰し、1番手として登場した。キャプテンのTは私を捨て駒として、東北大のエース、去年の個人戦チャンピオンKさんと当てたかったようだ。だが、お互いに同じ事を思っていたらしく、相手はKさんでなく、1回生ペアであった。

そこは先輩としての貫禄を見せつけ4-1とあっさりリードしたのだが、勝利を目前にペアのTが緊張しまくって、マッチポイントで4回ミスするというやらかしをしまくった。後1点が遠かったが、何とか5-2で振り切った。そのままチームは3-2で東北大に勝利し、全勝で団体戦優勝を果たしたのだ!

ちなみに個人戦であるが、2回戦で因縁の名古屋大の後輩A・Iと対戦した。調子が良くリードしていたのだが、途中でTのメガネが真っ二つに割れるという、会場全てが爆笑に包まれるアクシデントが発生し、そこから逆転され負けた。

そしてこれが私の七帝戦最後の試合になった。拍子抜けるすような負けだったが、らしいというか、我ながら妙にすっきりとした試合だった。

七帝大はインテリで無個性な若者ばかりと思ったら大間違い

私は七帝戦に参加し、様々なものを得る事が出来た。七帝の仲間たちは全国に散らばっているが、今でも交流がある。今後、ずっと付き合っていくだろう、掛け替えのない仲間たちだ。

そして、「学力テストなんかじゃ、個性は全く縛れない」という事を知った。

昨今、大学受験を巡る議論で「学力テストだけで選抜すると、勉強が得意なエリートばかりになり、個性的で多様な人材を確保できない」というものがある。

全く笑止千万である。そういう人は、七帝大にどんな個性的で多様な人間が集まっているのか知らないのだろう。

七帝戦を見ろ!そこには真面目なやつも、面白いやつも、頭良いやつも、バカなやつも、本当に個性的で多様な連中が勢揃いだ。

特に忘れられないのが、東北大の同期、中倉と大友である。3日目のレセプションで、中倉と大友が披露した「タイムマシーンロボ」。こんなアホ(良い意味で)どもが、真面目でエリート集団と思われている七帝大にいる事を知れば、日本の大学受験を巡る議論も終わるに違いない。

タイムマシーンロボ

中倉 「博士、タイムマシーンロボが完成しました」

大友 「良くやった助手。完成を祝って乾杯だ」(2人ともビールをグラスに注ぐ)

中倉・大友 「かんぱーい」(2人でビールを注がれたグラスを空ける)

大友 「よし。では早速タイムマシーンロボを起動するぞ。10秒前にターイムスリップ」(2人ともその場でクルクル回って、タイムスリップ)

中倉 (タイムスリップに成功したらしい)「博士、タイムマシーンロボが完成しました」

大友 「良くやった助手。完成を祝って乾杯だ」(2人ともビールをグラスに注ぐ)

中倉・大友 「かんぱーい」(2人でビールを注がれたグラスを空ける)

大友 「よし。では早速タイムマシーンロボを起動するぞ。10秒前にターイムスリップ」(2人ともその場でクルクル回って、タイムスリップ)

以下、2人が潰れるまでループ

(東北大学は、大阪大学の前期試験に落ちたら、後期試験を受験して私も入学していたかもなので、特に忘れられない)

参照:全国七大学総合体育大会公式サイトWikipedia 全国七大学総合体育大会大阪大学ソフトテニス部公式ホームページ七大戦twitter

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author : 宮寺達也

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